東京おもてなし男の大冒険

もてなしライフのズッコケ方

1組目 はじめての民泊でトラブル発生!?

 

角煮と餃子と杏仁豆腐が好きないたるです。

 

 

airBnBで民泊の宿をオープンして

 

初めてのゲストが来ました。

 

中国からの「ドン」さん。

 

三日間の滞在。

 

 

はじめてには失敗がつきものですが、

 

さて、超至近距離型サービスとして

 

24時間おもてなしとして、

 

民泊にチャレンジしてる俺のおもてなしの行方はいかに??

 

 

 

はじめてのゲスト

 

2月から始めた民泊なんだがはじめてのゲストがドンさんだった。

 

簡単に特徴をまとめるとこんな感じ。

 

 

・彼は中国の上海から来た。

→俺も上海に住んでいたので話が合った。

 

 

・英語は普通に喋れる。

→中国人にしては珍しい。俺はカタコトだから大いに助かった。

 

・職業はデザイナー。

→オシャレだった。

 

 

・頭はモヒカン。ファッションはパンク。

→トゲトゲのたくさんついたやつで、はっきり言って怖かった。

 

 

・それでいてすごく物腰ソフトで笑顔。

→これも中国人らしからぬ笑顔で、上の格好で笑顔は怖かった。。

 

 

 

「中国から来たドン」

 

朝の9時。

 

前日まで近所の違う宿に泊まっていたというドン。

 

俺は近所までドンを迎えに行った。

 

徒歩2分の距離だった。

 

(こんな近くにも民泊やっている人がいるんだな)と思いながら。

 

東新宿は民泊がそこそこ多いみたいですよ。

 

そして到着。

 

なんか不良みたいなのがたむろしている家を発見!

 

まさか違うよなーと思ってたら

 

それがドンと仲間たちだった。

 

 

しかもみんな格好がやばい。

 

 

ドンはモヒカンだし、

もう一人は金髪革ジャンだし、

もう一人はなんか金属をジャラジャラさせてるし。

表情も特になく、とにかく怖い。

 

ドンだけが笑顔だったけど、でもそれもそれで怖い。

 

 

そしてなぜか荷物がやけに大きい。

 

滞在は三日と聞いていたのに、

1週間分は行けそうな大きなスーツケース。すごく重そう。

 

 

まあ当然今までで初めて出会う部類の人間ですよね。

そしてできればこれからも出会いたくない部類の人間

だって怖いんですから。 

 

 

 

嫌な予感。

 

 

挨拶そこそこに早速家に向かうのだが、なぜかやっぱりその仲間たちもついてくるのだった。 

 

すぐにどこかでじゃあなーとか言って分かれるのかなーと思っていたのだがその気配はなく。

 

家までついてきた。

 

仲間たちのことは聞いていない。

 

泊まるのはドンだけのはず。 

 

 

 

焦った。

 

これはもしや。

 

一人が泊まるテイで

何人か泊まっちゃうという

民泊トラブルあるあるのやつか。

 

 

ちょっと緊張しはじめた。

 

 

 

 

ここでさようならしたい。

 

 

中には何が入っているんだろう。

 

余計なことを考える。

 

大量のヌンチャクの密輸入か?

 

airbnbスネークヘッド

 

折りたたみ式の大きなナギナタでも入っているのか?

 

悪い想像を一瞬でかき消して平然を装う。

バレたら殺されるぞ。

 

 

「すぐに二人はどこかへ行くのだ」

 

こういった緊急事態になぜ楽観思考が表に出るのか

 

謎だがそう思いこもうとしていたのだと思う。

 

 

少しビビりつつ、余裕はあった。

 

 

だが、そんな楽観的予測は彼らにあっさり無視される。

 

しっかりと二人ともついてきてしまっている。

 

 

行けども行けどもじゃあねってならない。

 

 

待ち合わせは家から2分の距離。

 

 

それが長かった。

 

最後の曲がり角も一緒に曲がり、結局一緒にうちに来てしまった。

 

 

民泊の初っ端から、いきなりトラブル発生なの?

 

 

 

 

部屋に上がりこんでくる三人

 

 

 

ビビリで楽観主義で先送りストの俺は 

 

部屋の前になってはじめて

 

「え、三人も泊まるの?」

 

と聞いた。

 

もっと早くに聞けや。

 

 

続けて

 

「泊まれるのは一人だよ」と伝える。

 

 

すると

 

「ああ、もちろん荷物を置くだけだよ!」

 

と言う答え。

 

 

・・・ 

 

 

なんだよっ!!

 

心の中で叫んでしまった。

 

心の底からのなんだよである。

 

 

でもさ、なんでそんな格好しているんだろう。

 

 

その答えは。。。

 

 

 

ただパンクなだけだった。

 

あとあと聞いてみたら

 

彼が友人と来た目的は

 

日本のパンクのフェスに参加するためだった。

 

昼から夜中まで三日三晩パンク漬け。

 

新宿でそうした祭りが開かれているらしかった。

 

 

だからこそのパンクファッション。

 

 

やばいのは見た目だけだった。

 

 

そしてドンの中身は本当にナイスガイだった。

 

姿勢もソフトだし、笑顔が中国人とは思えないほど、いい感じだった。

 

(私が知る多くの中国人はそんなに笑顔ではないことが多い)

 

 

 

会話のない日が過ぎていった。

 

 

彼は朝から晩までパンク三昧。

 

私は朝から晩まで仕事三昧。

 

帰ってきてもお互い疲れてるからすぐに寝てしまう。

 

だからこれといったコミュニケーションもないままだった。

 

 

すれ違いのまま二日過ぎたところで気づいた。

 

何もできてないな。

 

ただ泊めただけだなと。

 

 

これでお金もらえるのはありがたいなという気持ちと

 

接客する以上これで満足してもらえているのか?と言う気持ちとがあった。

 

それに今いただいている2500円という金額でずっと行くつもりはなく、

 

いずれは最低6000円はいただく宿にしたいと思っているのだ。

 

こんな接客じゃ6000円なんてもらえるわけがない。

 

 

そして。 

 

 

 

言葉がプレゼントになる

 

 

最後の夜にチャンスが来た。

 

 

家に帰ってからドンが部屋から出てきた。

 

向こうも話がしたかったのだろう。

 

 

俺が上海に住んでいたこともあり、思いのほか話は弾んだ。

 

辞書の力を借りながら意外と会話できるなと自信にもなるくらい。

 

 

パンクというと不良というか反抗というイメージだが、

 

まさしくそれが彼の求めていることだった。

 

しかもその本来的な意味で。

 

 

ここからちょっとマジメな話になっちゃうんですが。

 

 

彼は政治に不満を持っていた。

 

自分でデザインしたTシャツには

 

「NO HAZE」という文字。

 

HAZEとはモヤの意味で

 

これは日本にも飛んでくるPM2.5を指すんだそうだ。

 

工場を立てるために森林を伐採し、結果としてモヤが発生していると。

 

それに抗議する意味でこのTシャツを着ていると。

 

 

環境問題を学生時代はやっていたのでそのあたりに興味はあるが、

 

実際に中国人の口からそういう話を聞くとは思わなかった。

 

何より自分の英語能力では議論に限界もあった。

 

聞くので精一杯だった。

 

 

 

中国の若者はそんなことに興味ないんだと、彼は嘆いていた。

 

パンクでそれを変えたいと。

 

 

そうした反政府運動共産主義の中国で可能なのかなと思って

 

心配しながら聞くと、大丈夫だと。

 

アンダーグラウンドだし規模が小さいから大丈夫なんだそうだ。

 

・初めてのゲスト

 

・話題のマジメさと大きさ

 

・それをきちんと理解できているという高揚感

 

・だけど聞くだけで会話にはならないもどかしさ 

 

 

そんな気持ちだった。熱くなっていた。

 

何だか60年代の日本の学生を相手にしているようだった。

 

身が引き締まる思いでもあった。

 

少し興奮した。

 

 

「いい出会いだった」というようなことを伝えたら

 

中国ではこれを

 

「縁合」といういうのだ。

 

と教えてくれた。

 

日本でいう「縁」だろう。 

 

 

海外からのゲストの場合、

 

言葉というのは大切なプレゼントになるんだなと思った。

 

 

 

最後の朝

 

興奮とともに寝たわけだが、

 

でもそれでも俺の気持ちは満ちていなかった。

 

 

今思い出せば昨日の晩の会話で十分なんだが、

 

もっともっとと欲張ってしまった。

 

 

あんな良い夜だったからこそ

 

もっと何かしてあげられるんじゃないかと思った。

 

だけど、これがのちの大きな傷を作ることとなるんです。

 

 

で、何をしたのか?

 

 

一つの提案をしてみた。

 

 

 

日本式の朝ごはんを食べないか?

 

 

次の日の朝、いつもより二時間起きた。

 

自分のためには起きれなくても、

 

人のためには起きれる不思議。

 

母の気持ちが分かる瞬間です。

 

 

朝ごはんをせっせと作りました。

 

 

栃木の知り合いから取っている炊きたての美味しい白米!

 

野菜たっぷりすぎて味噌汁というか味噌煮込みやないかいという状態の味噌汁!

 

お漬物!

 

ジャパニーズソウルフードの納豆!

 

 

美味しそうじゃないですか??

 

喜んでくれるかなーと期待しながら。

 

 

やっぱり旅の醍醐味は現地のご飯ですよね。

 

それに愛情もってつくったものは嬉しいでしょ!

 

 

自分がしてほしいことをする。

 

これが俺のサービス。

 

日本のおもてなし。

 

ゆくゆくはこれに得意の野菜のサラダも加えて

 

(仕事が野菜のレストランなので)

 

 

それをうちの売りにしたいなーなんて

 

思ったりしながら

 

気合を入れて作ったわけです。

 

 

それで起きるのを待つわけです。

 

ドンは8時に起きて8時半には出ると言っていました。

 

 

けど、8時になっても起きてこない。

 

8時15分でも動きはない。

 

焦り始める俺。

 

 

この時間じゃもう8時半には出られないぞと思いながら、

 

まあ余裕を持って時間を言ってたんだろうと考えていた。

 

謎の楽観思考再び。

 

でもそれだと朝ごはん食べてる時間なくなっちゃうんだよなと思いながら。

 

着実に時間は過ぎていった。

 

結局、起きてきたのは8時45分。

 

 

「おはよう」

 

「おはよう」

 

「遅かったけど、時間大丈夫か?」

と聞くと、

 

「大丈夫。9時半に出れば大丈夫」

という。

 

「そうか。時間ないけど、朝ごはん作ったから食べるか?」

と聞く。 

 

なんででしょうね。

 

さも【自分のために作ったけど

もし食べたかったら一緒にどうぞ】

みたいな格好のつけ方。

わざわざドンのために作ったのに。

我ながらウザい。

 

 

でもそんなもの、簡単に一刀両断されちゃいました。

 

折りたたみ式のナギナタで。 

 

 

「サンクス、でもいらない。朝は食べないんだ。」

 

 

なるほど。

 

 

「そうか、全然オッケー。」

 

 

本当は泣きたかった。

 

一人相撲してて勝手にフラれて何だろうと思った。

 

アラサーの初老のおじさんが。

 

同じくアラサーの外国人に対して。 

 

朝2時間も早起きして。

 

おもてなしすらさせてもらえないなんて。

 

民泊恐るべし。

 

 

 

初めての民泊を終えて見えてきたもの。

 

というわけで、

 

マフィア映画のような恐怖の幕開け

 

縁に興奮した最後の夜

 

おもてなしすらさせてもらえなかった最後の朝

 

なかなか濃い三日間を経て見えてきたものとは。

 

 

・話す時間超大事

・そのために英語を磨こう

・部屋とか備品とか使い方の説明とかも意外と英語むずい

・今回はフラれたが朝ごはんサービスは受けるはずだから前々から声かけるべき

 

振り返るとこんな反省点が浮かびました。

 

民泊って楽しい!

 

 

次はどんなサービスができるのか。

どんな「縁合」が待っているのか。

 

こんな下手な文章最後までお読み頂きありがとうございます。

早く文章上手くなるんでまた読みに来てくださいね!